ランチタイムの社食で、隣のテーブルから聞こえてきた会話にピクッと反応してしまった。「うちの会社、食育推進企業とかいうのに登録されるらしいよ」。え?食育推進企業って何だそれ?
熱々のカレーライスをスプーンで掬いながら、僕はその単語に引っかかった。食育って、小学校の給食の時間に「好き嫌いしちゃダメ」とか言われるアレのことじゃないのか。それが企業と関係あるって、一体どういうことなんだ。
いや、マジで知らなかった。こんな制度があるなんて。
「ふくいの食育推進企業」という謎の制度
気になって調べてみたら、これが想像以上にちゃんとした制度だった。福井県が実施している企業認定制度で、従業員の健康管理に関して、食育や地産地消を取り入れて積極的に取り組む企業・事業所等を県が登録し、その活動を支援するというものらしい。
令和7年3月31日現在で、なんと91社も登録されているという。91社って、結構な数じゃないか。想像してみて欲しい。全国にこんな先進的な制度があって、多くの働く人たちがその恩恵を受けているかもしれないのに、僕みたいに知らない人が大勢いるという現実。
制度の中身を見てみると、これがなかなか興味深い。社員の健康を守る食育の推進、社員への地産地消の推進、家庭における食育を応援するための職場環境づくりなど、6つの活動のうちいずれかを実施することが求められている。そして、食育推進員を設置することも条件だ。
「食育推進員」なんて、なんだか大層な肩書きに聞こえるけれど、実際は企業内で食育・地産地消に関わる取組テーマに基づき企画や情報発信を行う担当者のことらしい。つまり、会社として食べ物のことをちゃんと考える人を置きなさい、ということだ。
支援内容が想像以上に手厚い件
で、登録するとどんなメリットがあるのかというと、これが驚くほど充実している。
まず、「ふくいの食育リーダー」を派遣してもらえる。この食育リーダーというのは、栄養士、調理師、保育士等の専門資格を有するか、専門業務の実績がある方を福井県が認定した人たちで、現在183名もいるそうだ。
しかも、この派遣サービス、報償費・旅費を県が負担してくれる。報償費は各講座あたり講師1人につき1万円以内、旅費は県旅費規程に基づくとのこと。つまり、企業は会場代と食材費程度を負担するだけで、プロの講師による食育セミナーや料理教室を開催できるということになる。
これ、冷静に考えてとんでもないサービスじゃないだろうか。栄養セミナーとか、農業体験とか、みそづくり体験とか、そういうのが実質タダで受けられるなんて。民間のコンサルティング会社に頼んだら、一回数万円は確実に飛んでいくような内容だ。
さらに、オリジナルロゴマークを利用できたり、県のホームページで登録企業をPRしてもらえたり、食育・地産地消に関連する各種情報を提供してもらえたりと、至れり尽くせりの支援体制である。
登録企業の取り組みがガチすぎる
実際に登録されている企業の取り組み内容を見てみると、これがまた面白い。というか、ガチすぎる。
例えば、キョーセー株式会社では、20年以上前から具沢山みそ汁を従業員に無料提供しているという。20年以上!僕なんて、インスタントみそ汁に頼りがちなのに、会社が毎日手作りのみそ汁を提供し続けているなんて。しかも「具沢山」というところがポイントだ。ただのみそ汁じゃない、栄養を考えた具沢山みそ汁である。
医療法人博俊会春江病院では、野菜サラダの無料配布や野菜ソムリエプロによる講演と地場産野菜の販売まで行っている。病院なのに野菜の販売って、もはや八百屋さんの領域に踏み込んでいるじゃないか。でも考えてみれば、医療従事者こそ健康的な食生活の重要性を誰よりも理解しているはずだから、こういう取り組みは理にかなっている。
株式会社水元工務店に至っては、毎日一定の時間に電気が一斉に落ちる仕組みを導入して、退社せざるを得ない環境づくりをしているそうだ。つまり、家族と一緒に食事をとる時間を強制的に作り出すシステムである。なんという荒療治。だけど、これくらいやらないと現実は変わらないのかもしれない。残業ありきの職場文化を物理的に断ち切る発想が素晴らしい。
面白いのは、株式会社TOKOの取り組み。社食において福井県産米を100%使用とのこと。地産地消の王道である。でも「100%」というのがポイントだと思う。中途半端に他県産を混ぜるより、きっぱり地元産オンリーにした方が、従業員も「ああ、うちの会社は地元を大切にしているんだな」と実感できるはずだ。
「ふくいの食育リーダー」という人材育成システム
この制度の背景にある「ふくいの食育リーダー」認定制度も興味深い。食に関する専門資格や専門業務の実績がある方を県が認定し、県内各地で食育・地産地消活動を展開してもらうという仕組みだ。
考えてみれば、食育って学校だけでやるものじゃない。むしろ大人になってからの食生活の方が、人生に与える影響は大きいかもしれない。働き盛りの世代が正しい食の知識を身につけ、健康的な食生活を送ることで、医療費の削減にもつながるし、生産性の向上にも寄与するだろう。
だから県としても、民間企業に積極的に食育を導入してもらいたいわけだ。でも、企業側からすると「食育って言われても、誰に頼めばいいのかわからない」という状況になりがち。そこで県が間に入って、専門知識を持った人材を派遣するシステムを構築したということなのだろう。これは賢い仕組みだ。
福井県の食育への本気度がヤバイ
調べていくうちに、福井県の食育に対する本気度がひしひしと伝わってきた。
年4回(6月、9月、11月、2月)の19日(食育の日)に「ふくいの食育応援マガジン」を配信しているし、「ふくいの食育リーダー」研修会も毎年開催している。令和6年度の研修会では、「若い世代に向けた食育の推進」をテーマに、仁愛大学の教授を招いて講演を行ったりしている。
さらに、農林水産省のホームページでも「ふくいの食育推進企業」の取り組みが紹介されているという事実。これは、他の都道府県からも注目されている証拠だろう。
つまり、福井県は食育の分野で、全国的に見ても先進的な取り組みをしているということなのだ。幸福度日本一の福井県が、住民の食生活にまで目を配って、積極的に支援しているという構図である。2024年版でも6回連続、12年連続で幸福度1位を獲得しているのも、こうした地道な取り組みの積み重ねがあるからかもしれない。
他の都道府県はどうなっているのか
ふと気になったのは、他の都道府県でも同じような制度があるのかということだ。調べてみると、食育に関する取り組みは各地で行われているものの、企業を対象にした包括的な支援制度となると、福井県ほど体系的に整備されているところは少ないようだ。
多くの自治体では、学校給食や保育園での食育に重点を置いているが、働く大人を対象にした企業向けの食育支援というのは、まだまだ珍しい取り組みなのかもしれない。福井県が全国の先駆けとなって、この分野を開拓していると言えるだろう。
制度普及の課題と可能性
ただし、この素晴らしい制度にも課題はありそうだ。
まず、認知度の問題。僕みたいに知らない人が多いとすれば、もっと積極的にPRする必要があるだろう。県のホームページに情報は載っているが、それだけでは多くの人の目に触れない。経営者向けのセミナーや商工会議所を通じた啓発活動なども必要かもしれない。
また、継続性の問題もある。一回セミナーを受けただけで、従業員の食生活が劇的に改善されるわけではない。定期的に取り組みを続けていくためには、企業側の本気度も求められる。
でも、逆に言えば、これらの課題をクリアできれば、この制度はもっと大きな効果を発揮する可能性がある。例えば、登録企業同士の交流会を開催したり、優秀な取り組みを表彰したりすることで、企業間の良い意味での競争が生まれるかもしれない。
地産地消という新しい切り口
この制度のもう一つの特徴は、単なる健康管理ではなく「地産地消」にも焦点を当てていることだ。地元の米、野菜、魚介類を積極的に消費することで、地域経済の活性化にもつながる。
考えてみれば、これは一石二鳥どころか一石三鳥の効果がある。従業員の健康増進、地域経済の活性化、そして食料自給率の向上である。グローバル化が進む中で、地元の食材を大切にするという価値観は、改めて見直されるべきものなのかもしれない。
福井県といえば、越前ガニ、若狭ふぐ、コシヒカリ、六条大麦など、全国に誇れる食材がたくさんある。でも、県内で働く人たちが、これらの食材をきちんと味わっているかというと、案外そうでもないのかもしれない。
忙しい毎日の中で、コンビニ弁当やファストフードに頼りがちな現代人にとって、職場で地元の食材に触れる機会を作ることは、とても意義深いことだと思う。
中小企業にこそメリットが大きい
実は、この制度は中小企業にこそメリットが大きいのではないかと思う。大企業なら自前で産業医を雇ったり、立派な社食を作ったりできるけれど、中小企業にはそんな余裕はない。
だからこそ、県が音頭を取って、食育のプロを派遣してくれるこの制度は、中小企業にとってこそ価値があるはずだ。従業員10人の会社でも、100人の会社でも、みんなで一緒に栄養セミナーを受けたり、地元の食材について学んだりすることで、職場の結束も深まるかもしれない。
「うちなんて、小さな会社だから食育なんて関係ないよ」と思っている経営者もいるかもしれないが、そんなことはない。小さな会社だからこそ、一人ひとりの従業員が健康でいることの重要性は大きいし、県の支援を受けながら取り組めるメリットは計り知れない。
僕たちが学べること
こんな制度の存在を知った今、僕たちが学べることは何だろうか。
まず、自治体の取り組みにもっと関心を持つべきだということ。知らないところで、僕たちの生活を豊かにしてくれる制度が動いているかもしれない。定期的に自治体のホームページをチェックしたり、広報誌に目を通したりすることの大切さを痛感した。
また、職場環境の改善について考えるきっかけにもなる。食事って、毎日のことだから、その質が生活の質に直結する。会社が従業員の食生活に配慮してくれるというのは、実はとても価値のあることなのだ。
そして、地産地消の意識。普段何気なく食べているものが、どこで作られたものなのか、もう少し意識してみてもいいかもしれない。地元の食材を選ぶことで、地域経済を支えることにもなるし、食材の背景を知ることで食べる楽しみも増すだろう。
おわりに―小さな発見から始まる気づき
社食での何気ない会話から始まった今回の発見。最初は「食育推進企業って何?」という素朴な疑問だったけれど、調べてみると福井県の食に対する真剣な取り組みが見えてきた。
自治体が本気で住民の健康を考え、地域経済の活性化にもつなげようとする姿勢。そして、企業と行政が連携して、働く人たちの食生活を支えようとするシステム。これは、他の都道府県にも参考になる取り組みなのではないだろうか。
もしかすると、僕の住んでいる地域にも、知らないだけで素晴らしい制度があるかもしれない。今度、地元の自治体のサイトをじっくり見てみようと思う。
小さな発見から始まった今回の体験だったけれど、意外に大きな学びがあった。これからも、身の回りにある「知らなかった制度」に目を向けていこうと思う。案外、僕たちの生活を豊かにしてくれる仕組みが、すぐそこに眠っているのかもしれないから。
そして、もし自分の勤務先でこんな制度を利用できるなら、ぜひ人事部に相談してみてほしい。きっと社食の味噌汁がもっと美味しくなるかもしれないし、同僚たちとの会話も弾むかもしれない。何より、働く環境がより良くなるというのは、誰にとっても嬉しいことだからだ。