「え?子どもがバナナを売ってるって?」
僕がその話を初めて聞いたのは、たしか友人のSNSだった。北九州市門司区で「こどもバナナの叩き売り」なる催しが開かれているという情報が、なんとも言えない違和感とともに画面に踊っていた。バナナの叩き売りといえば、あの独特な口上で客を引き寄せる昭和の香り漂う商売。それを子どもがやるって…まさか、労働基準法的に大丈夫なのか?なんて余計な心配をしながら、僕は調べ始めた。
そんなワケで今回は、この謎に満ちた「こどもバナナの叩き売り」について、僕が全力で調べてみることにした。
門司港に響く「バナナはいかが〜」の声
想像してみて欲しい。港の風が頬を撫でる秋の日、旧門司税関前の特設ステージに小学生たちが立っている。手にはバナナ、口からは「安いよ安いよ〜」の声。その光景は、まるで時代を超えたタイムスリップのようだ。
実は、この「こどもバナナの叩き売り」というのは、北九州市門司区が主催する立派な教育事業なのである。年に一度、「門司港バナちゃん大会」に合わせて開催される、伝統文化の継承を目的とした体験学習プログラムだ。
でも、そもそもなぜ門司港でバナナなのか。この疑問を紐解くには、ちょっとした歴史の勉強が必要になる。
バナナが門司港にやってきた日
時は1905年。明治も終わりに近づいた頃、台湾からのバナナが門司港に大量に運ばれてきた。ところが、長い船旅で傷んでしまったバナナをどうするか。捨てるのはもったいない、でも正規の値段では売れない…。
そこで考え出されたのが「叩き売り」という手法だった。高い値段から始めて、客の反応を見ながらどんどん値を下げていく。これは「ダッチ・オークション」という立派な販売技術で、現在でも花き市場などで使われている手法だ。
面白いのは、この売り方に独特な「口上」が加わったことだ。「さあさあ、お客さん!このバナナ、本来なら100円のところを…」みたいな、客を引きつけるトークが芸として発達していった。これが「啖呵売(たんかうり)」と呼ばれる商売芸の一種になった。
戦争で一度は途絶えたこの文化が、1976年に「門司港バナナの叩き売り保存会」によって復活したのは、まさに奇跡としか言いようがない。そして2017年には「関門ノスタルジック海峡」の構成文化財として日本遺産に認定されるまでになった。
小学生たちの「修行」がガチすぎる件
さて、ここからが本題だ。子どもたちは一体どうやって、この伝統芸を身に着けるのだろうか。
調べてみると、まず10月18日に港ハウス2階ホールで「練習会」が開催される。1時間程度の講習で、バナナの叩き売りを見たことのない子どもでも参加できるよう配慮されているらしい。そして11月2日の本番では、旧門司税関前の特設ステージで実際に口上を披露するのだ。
いや、マジで想像してみて欲しい。小学生が「安いよ安いよ〜、このバナナ!」って叫んでる光景を。可愛いを通り越して、なんか感動すら覚えそうだ。
参加方法は事前申込制で、電話または電子申請で受け付けている。必要事項は住所、氏名、学年、性別、電話番号、そして練習会参加の可否。10月10日が応募締切だから、興味のある人は要チェックだ。
法的にグレーゾーンじゃないの?という疑問
ここで僕の職業病が発動した。子どもが食品を扱う活動って、食品衛生法的に大丈夫なのか?
普通に考えて、食品を販売するには保健所への届出が必要だし、子どもの労働には労働基準法の制約もある。でも、この「こどもバナナの叩き売り」は商業活動ではなく、あくまで教育目的の体験学習なのだ。
自治体が主催する教育事業として、地域の保健所と相談の上で実施されているのだろう。類似の学校の模擬店なんかも、教育活動の一環として特例的に扱われることが多い。まあ、そこは大人たちがちゃんと考えてくれてるはずだ…多分。
子どもたちが得るもの、大人が忘れたもの
この取り組みの目的を改めて整理すると、こんな感じだ:
- 門司の伝統文化に触れる機会の提供
- 子どもたちによる文化継承
- 地域活性化と観光促進
- 子どもの表現力やコミュニケーション能力の育成
要するに、ただの観光イベントじゃない。これは立派な教育プログラムなのだ。
子どもたちは、この体験を通じて何を得るのだろう。表現力?コミュニケーション能力?それとも地域への愛着?
僕が思うに、一番大きいのは「声を出すことの楽しさ」じゃないだろうか。今の子どもたちって、大きな声を出す機会が少ない。学校では「静かに」と言われ、家では「近所迷惑」と言われ。でも、バナナの叩き売りは違う。大きな声を出すことが求められるし、それが正解なのだ。
全国に広がる可能性
実は、こういう伝統文化体験プログラムは全国各地で行われている。文部科学省が支援する「伝統文化親子教室」や、日田市の「日本遺産子どもガイド」なんかがその例だ。
ただ、「こどもバナナの叩き売り」のユニークさは、商売の疑似体験でもあるということ。普通の伝統芸能とは違って、経済活動の一端を体験できる。これって、実はものすごく貴重な教育機会なんじゃないか。
僕らが子どもの頃、駄菓子屋でお金の計算をしながら買い物をしたみたいに、今の子どもたちにとっては貴重な「商売体験」になるかもしれない。
大人の事情と子どもの純粋さ
この事業を継続する上での課題もある。参加者の確保、指導者の養成、安全面での配慮、法的な枠組みの明確化…。
でも、一番の課題は「大人の理解」かもしれない。子どもに商売をさせるなんて、という批判的な声もあるだろう。過保護な時代の中で、こういう体験型の教育プログラムを続けていくのは簡単じゃない。
それでも、北九州市門司区は続けている。2025年で2年目を迎えるこの取り組みが、今後どう発展していくのか。僕は密かに期待している。
僕らが忘れた「声を出すこと」の価値
最後に、個人的な感想を言わせてもらうと、この「こどもバナナの叩き売り」って、現代社会が失った何かを取り戻そうとする試みなんじゃないかと思う。
SNSでつぶやくことはできても、人前で大きな声を出すことができない大人たち。効率化と合理化の名の下に、人と人との濃密なコミュニケーションを避けて通ろうとする社会。
子どもたちが「安いよ安いよ〜」と叫ぶ声は、そんな現代への小さなアンチテーゼなのかもしれない。
もちろん、全ての問題がこれで解決するわけじゃない。でも、子どもたちが堂々と声を出し、人と関わり、地域の歴史を肌で感じる機会があるということ。それだけで、この取り組みには十分な価値があると思う。
おわりに:次の世代への贈り物
「こどもバナナの叩き売り」は、表面的には可愛らしいイベントに見える。でも、その背景には地域の歴史があり、大人たちの想いがあり、子どもたちの成長への願いがある。
僕みたいに人生があんまり上手くない大人でも、こういう取り組みを見ると希望を感じる。次の世代に何かを残そうとする大人たちの姿勢に、なんだか胸が熱くなるのだ。
もし機会があれば、11月の門司港を訪れてみて欲しい。小学生たちの元気な声を聞けば、きっと何かが変わるはず。少なくとも、僕はそう信じている。
今後も頑張ろうと思います。バナナのように、ちょっと傷があっても、みんなに愛される存在を目指して。
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