
青森県佐井村の役場が2026年3月に作った移住の冊子に、試しにこの村へ来た人の5日間の予定が、そのまま載っています。1日目は移動日。2日目はミーティング、仏ヶ浦の散策、村内見学、そして「福浦の歌舞伎」の練習。3日目は役場で村の概要説明と、また「福浦の歌舞伎」の練習。4日目は「福浦の歌舞伎」に出演し、上演後の交流会。5日目は福浦漁港の見学と、協力隊募集の説明と、村の公式SNSに実際に投稿※1。
移住の下見というものは、家と仕事と学校を見て回り、役場の窓口で制度の説明を受けて帰る二泊三日のことだと、私は思っていました。
ところが、2025年と2026年の春祭りの前に試しに来た人は、歌舞伎の化粧をして舞台に立っています。2026年4月10日、福浦の歌舞伎の館で、お試し地域おこし協力隊として受け入れられた3人が役をもらって舞台に立ちました※2。白塗りをし、衣装をまとい、かつらをかぶって舞台袖で出番を待った、と一人は書き、せりふを飛ばした師匠に「だいぶ飛ばした気がします」と返してあとで「アドリブ大賞」と褒められた、と家来役の一人は書いています※3。
では、なぜこの村は、見に来た人を舞台に上げるのか。
答えの一つは、役者の募集の文にあります。漁師の高齢化や人口減で「危機的状況」に立たされた歌舞伎の可能な役柄を、「思い切って」地域外の人に門戸を開き、交流を通じて将来に向けた打開策を見いだせないか、と考えたからです※4。2025年のその募集を企画したのは、移住者を主体に村民有志が立ち上げた法人です。開かれた役が一つ目、舞台に立った人が住むまでの道筋が二つ目、住んでからの一年が三つ目で、三つとも、迎えられた人が次の人を迎える側に回る輪の上にあります。
この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、
- 漁師の歌舞伎が、外の人に役を開くまで
- 舞台に立った人が、住むまでの道筋
- 住んでからの一年
という3つの柱を、住まいの制度や冬の暮らしも交えて解説します。モノサシは一つだけ。「この村では、誰が誰を迎えているか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。
佐井村の福浦の歌舞伎|上方の役者が2年で伝えた芸を漁師が継ぎ、外の人に役を開くまで
一つ目の柱は、漁師の歌舞伎が外の人に役を開くまでです。
福浦は、下北半島の西側、津軽海峡に面した佐井村の漁師の集落です。歌舞伎は、明治20年ごろに上方の役者だった中村菊五郎が妻とともに近くの磯谷で教えていたものを、明治23年に福浦へ招き、翌年までの2年をかけて伝えられました※5。
同じころ、村の別の集落、矢越にも歌舞伎が伝わり、昭和59年にいったん途絶えて平成12年に有志が復活させました※6。福浦のほうは、不況や戦争、過疎化など度重なる存亡の危機に遭いながら続き、伝承100周年の昭和63年を機に、300人が入る「歌舞伎の館」が建てられました※5。県の無形民俗文化財です※7。
図1 福浦の歌舞伎が、外の人に役を開く(※8)その歌舞伎が、役を外に開きました。2016年の上演からは地区の外の人にも役者として出てもらうようになり、2026年は12人のうち半数以上が、県外を含む地区外の人だった、と青森朝日放送が伝えています※9。公に募っている入口は二つです。一つは観光協会の「役者の募集」で、2026年は4月9日から11日までの3日間、募集は1〜2名、参加費は1万円で、2泊の宿は事務局が地元の民宿を用意します※4。2025年の募集要項には、15歳以上で性別は問わないこと、「セリフもある役」であることに加えて、こう書かれています。出演者は福浦芸能保存会の特別会員として認定します※10。もう一つが、冒頭の5日間、2025年4月の受け入れの予定として冊子に載ったお試し地域おこし協力隊です※1。
役者になるのに、お金をもらう側でなく払う側に立ち、保存会の名簿に入る。2025年のその募集要項の企画と実施は、一般社団法人くるくる佐井村です※10。移住者を主体に村民有志が立ち上げた法人です※11。観光協会のページの作成と運営も、くるくる佐井村が担っています※12。春祭りでの上演は、以前は地域の人で楽しむものでしたが、いまは一般に公開する特別上演です※4。
歌舞伎の役を、名簿の入口にしている町は、ほかにもあります。山形県の鮭川村では子ども歌舞伎をきっかけに保存会に加入して歌舞伎を継ぐ若者が出ていると言い、岡山県の奈義町は町の職員に歌舞伎の専門職員を2名登用しています※13。名簿に人を足す入口は、町の数だけあります。
佐井村で舞台に立った人が住むまで|家と宿、雇用先、オンラインでもよい面接
二つ目の柱は、舞台に立った人が住むまでの道筋です。
村が2025年度に始めた「お試し地域おこし協力隊」は、協力隊に応募する前に仕事と地域づくりを体験する受け入れです。2025年4月の2人に課された仕事は、福浦の歌舞伎への出演と、SNSでの村の情報発信でした※14。2026年4月の3人は、1日目にホップ畑の整備をしてから、歌舞伎の練習に入っています※15。
演劇の経験のないまま家来役で舞台に立った兵庫県に住む人は、客席の「がんばれー」で緊張より楽しさが勝った、と書いています。大阪府に住む人は、舞台の翌日に村を歩いていると出演を知った人から「ありがとうね」と声をかけられた、と書き、文を「まんず、ありがとうございました。わはまた行きたいです。」で結んでいます※3。
図2 お試しから、住むまでの道筋(※16)「佐井村暮らしの準備ノート」は、ここでの暮らしを考えている人と始める人に向けた冊子です※17。移り住むのは非常にハードルが高く準備が要る、と最初に断っています※18。そのうえで教えるのは、車が必須なことと、家に大根がないと言えば誰かがくれる「おすそ分けの文化」です※19。
家は、空き家バンクに2026年9月の時点で3件が載り、いずれも大字佐井の木造2階建てです※20。宿は、空き家を直したゲストハウスと、築150年の古民家※21。地域おこし協力隊の雇用先は、上のくるくる佐井村です※22。お試し地域おこし協力隊か協力隊インターンで村に来たことのある人は、その面接をオンラインでも受けられます※23。お試しで舞台に立った数日が、村まで戻らなくてもよい面接の要件を満たします。協力隊のこれまでの活動には、ホップ収穫祭、夕陽のふぉとコンテスト、ご当地ガチャの企画運営があります※24。
冊子の求人には、近年募集のある事業所として、村内の保育所の保育士、村内に終点の車庫がある路線バスの運転手(大型二種免許の費用は会社が立て替え)、そして村役場が並びます※25。
協力隊を卒業した人が、町の手仕事を継ぐ側に回った町は、ほかにもあります。山梨県の富士河口湖町では、協力隊を卒業した1人が、地場産業の大石紬の伝統技術を継ぐため、町の年間委託で研修会と勉強会を行っています※26。町の手仕事を継ぐ側に回った人と、次の人を舞台に招く募集を企画した法人。どちらも、迎えられた側が次に開けた戸口です。
佐井村で住んでからの一年|うにの入札、9月の渡御、12月のタラ、村長の一言
三つ目の柱は、住んでからの一年です。
先に移り住み、いまはくるくる佐井村で有志とホップ栽培に取り組んでいる人の言葉が、冊子に載っています。福浦地区からスーパーまでは車で片道40〜50分なので買い物は週1回にまとめること、大雪で福浦から職場や保育所のある村の中心部へ出るのを諦める日が年に1〜2回はあること、そして、この村に住むうえで要るのは「計画性と潔さ」で、天気と海で予定が変わる暮らしを、備えたうえで割り切ること、と続けています。移住を考えている人へのひとことは、「『まずは1回来てみて』じゃない? ゲストハウスに来てみて」でした※27。
一年は、4月10日の福浦の春祭りから回ります。稲荷神社の例祭で歌舞伎が上演されます※5。うにの季節は4月から8月の末ごろまで※28。5月の連休を過ぎるとうにが旬を迎え、村内放送で伝えられるうにの入札価格に、村の人が一喜一憂します※29。夏は海辺の畑でホップを育て、そのホップで造るクラフトビールには「福浦の歌舞伎ブラック」という黒ビールがあります※30。
図3 12月、牛滝の漁港にタラが並ぶ(※31)秋は箭根森八幡宮の例大祭です。9月14日から16日、神楽を先頭にした渡御の行列が「ヤー、コーリャっ」の声と祭囃子とともに村の中心を渡ります。1696年に始まったとされる祭りです※32。冬は12月、牛滝の漁港の荷揚げ場がタラで足の踏み場もなくなり、漁の多い日は家族と親戚が総出で出荷します※29。雪は、青森のニュースでよく見る雪かき三昧の地域ではない、と冊子は教え、風が強いことは別の一項を立てて教えます※19。隣の大間町にある大間の観測点では、1月の最低気温の平年値が氷点下2.4℃です※33。
2026年6月の村議会で、5年前の国勢調査から323人減ったことを問われた村長は、仕事をつくって若者を定住させてはという問いに、村が仕事を作るのでなく、自分がしたい仕事を実現したり支援してもらえたりするような制度が大事だ、と答えています※34。歌舞伎の館の管理は2026年4月から3年間、福浦地区会が引き受けています※35。
村民の一座が守ってきた歌舞伎、という書き方をする村は、ほかにもあります。福島県の檜枝岐村は、270年受け継がれてきた檜枝岐歌舞伎を、村民で構成された千葉之家花駒座が祭礼奉納として昔ながらの姿で上演してきた、と言います※36。村民の一座が村の舞台を守る村と、外から来た人を保存会が特別会員として迎える村。どちらも、迎える側が舞台にいます。
私の見立て|佐井村は、迎えられた人が迎える側に回る村
3つの柱を、モノサシに戻して並べます。歌舞伎では、福浦芸能保存会と、移住者を主体に村民有志が立ち上げたくるくる佐井村が、外の人を舞台に迎えた。道筋では、くるくる佐井村が協力隊を迎え、お試しに来た人はオンラインでも面接を受けられる。一年では、先に移り住んだ人が、冊子の上で次の人に「まずは1回来てみて」と声をかけている※27。檜枝岐村では村民の一座が村の舞台に立ち、佐井村では先に来た人が次の人を迎えます。
私の見立てはこうです。佐井村は、迎えられた人が、迎える側に回る村です。移住者を主体に村民有志が立ち上げたくるくる佐井村が、2025年の役者の募集を企画し、協力隊を雇っています※37。2026年4月10日に舞台に立った3人の、1日目の仕事はホップ畑の整備でした※15。村のホップで造るクラフトビールの一つは、黒ビールの福浦の歌舞伎ブラックです※38。
図4 舞台に立つ前に、ホップ畑を整備(※15)佐井村を数字で見たい人へ|人口・仕事・冬・助成金の要点
| 項目 |
数字 |
| 人口 |
1,572人(2026年1月1日)※39 |
| 世帯 |
842世帯(同)※39 |
| 第1次産業の人 |
20.8%(2020年)※40 |
| 漁業で働く人 |
16.8%(2020年)※40 |
| 建設業で働く人 |
18.1%(2020年)※40 |
| 昼夜間人口比率 |
93.7%(2020年)※41 |
| 1月の最低気温 |
−2.4℃(大間・平年値)※33 |
- 2025年の1年は、転入31人、転出45人、生まれた人3人、亡くなった人45人でした※39
移住と住まいの助成(2026年9月時点の村のページ)
- 移住支援金(東京圏から・県と共同): 世帯100万円・単身60万円。就業などの要件があり、2026年度は12月28日までに申請します※42
- 移住者応援事業補助金(村独自): 単身30万円・2人以上の世帯50万円に、18歳未満の世帯員1人につき5万円を加算(加算は30万円まで)。転入後3か月以上1年以内に申請し、5年以上住む意思と町内会への加入が要ります。移住支援金との併用はできません※43
- 住宅取得等支援事業補助金(移住者・転入後2年以内): 下の表。新婚世帯には別の枠があります※44
| 住宅(移住者の枠) |
補助(上限)※44 |
| 新築・村内の業者 |
150万円 |
| 新築・村外の業者 |
100万円 |
| 中古住宅の購入 |
2分の1・80万円 |
| 修繕・村内の業者 |
2分の1・50万円 |
| 修繕・村外の業者 |
2分の1・40万円 |
- 空き家バンク: 登録6件のうち成約2件・取消1件。残る3件は、売買100万円の家が2件(うち1件は月3万円の賃貸も可)と、売買10万円または月2万円の賃貸の家が1件です※20
- 子育て: 保育料は無償化、医療費の助成は高校修了まで※45
- 地域おこし協力隊: 雇用先は一般社団法人くるくる佐井村。1年ごとに更新し、最長5年※23
人口の推移と年齢別の出入りは佐井村の人口ページに、暮らしのデータは佐井村のページにまとめてあります。助成金の金額と条件は年度で変わるので、申請の前に村の現行ページで確かめてください。働く人の割合は2020年の国勢調査、昼夜間人口比率は同じ調査をもとにした当サイトの集計、気温は北隣の大間町にある大間観測点の1991〜2020年の平年値です。
出典リンク集
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