
「子役を演じる座員は、8代も続く家系の子供さんです。(6、7代目も在籍中)」福島県檜枝岐村の歌舞伎一座、千葉之家花駒座の座長は、子役についてそう答えています※1。
同じ家で芸を受け継ぐなら、後継ぎの話は家の中で完結する。私はその先を考えていませんでした。ところが、2023年の座長の回答では、一座は中学生にも歌舞伎を教え、文化祭で演じてもらっていました。座員は6歳から78歳まででした※1。
では、なぜ家に続く芝居を、学校の中学生にも教えるのでしょう。答えは、家で子役を育て、学校で芝居を教えるこの村でも、子どもは高校進学でいったん村を離れ、その先で戻る人が村を支えているからです。2021年の村長寄稿では、村民の約6割がUターンしていました※2。一座は、帰村して仕事を見つけた人に加わってほしいと望んでいます※1。
この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、家で続く子役、学校で演じる生徒、一度出ても戻ってくる村という3つの柱を、座長や観客、学校の声も交えて解説します。モノサシは一つだけ。次に演じる人を、誰が育て、どんな暮らしの先に望むか。締めくくりに、私の見立てを置きます。
檜枝岐村の歌舞伎と家族|子役の出る幕が人気
一つ目の柱は、同じ家の子どもが子役を演じることです。村の歌舞伎の始まりは、伊勢参りの道中で見た芝居を村人が持ち帰り、広めたことだとされています。いまも上演するのは、演者から裏方まで村の人々。鎮守神社の境内に舞台があり、せり立った斜面の石積みの客席から、280年以上の歴史を持つ芝居を見られます※3。
その芝居を受け継ぐ千葉之家花駒座は、1922年に結成されました。2022年6月24日には100周年の特別公演を開き、「絵本太功記 尼ケ崎の段」を演じています※1。
翌年、2023年の座長の答えでは、一座の約30人は公務員、公共施設職員、自営業など、それぞれに本業を持っていました。全員がそろって稽古するのは難しく、比較的時間を取れる冬に集まっていました。演目と配役は年末に決まり、主な稽古は1月末から3月末、休日・祝日を除いて続きます※1。
冬の夜、稽古は午後7時から9時ごろまで、悪天候のときは中止です。寒い冬場の練習はつらく、新しい役に取り組む人は苦労します。上演日を迎え、楽屋で化粧が始まると緊張が高まり、終演後の手締めでは笑ったり泣いたり。辛い練習を乗り越え、やり切ったという大きな達成感を味わえると答えています※1。
その舞台で人気があるのは、子役の出演する幕だと座長は答えています。挙げられた演目には「奥州安達ヶ原」の「文治館の段」「袖萩祭文の段」などがありました※1。
2025年8月19日の福島テレビの報道でも、8代にわたって継承する家があると伝えられました。上演されたのは、源平合戦を題材にした「一之谷嫩軍記 熊谷陣屋の段」。千葉県から来た観客は、「びっくりしました。これだけのものを残しているというのがすごいなと思った」と話しました※4。
図1 8代にわたって継承(※4)子役を受け継ぐ家の外でも、子どもが演じる機会は続いています。では、一座は学校でどのように中学生へ教えてきたのでしょう。
檜枝岐村の学校と歌舞伎|初回の練習は道具の搬入から
二つ目の柱は、一座の座員が学校の中学生に歌舞伎を教えることです。2023年の回答では、指導は15年程前から続いていました。村の歌舞伎を次世代につなぐため、座員が教え、文化祭で演じてもらっています※1。
学校で生徒が芝居を始める場面は、今年も残っています。2026年10月8日、檜枝岐小中学校では、翌月の文化祭で披露する歌舞伎へ向けて初回の練習を行いました。生徒たちがまず取りかかったのは、必要な道具を学校へ運び込むこと。重いものも、生徒たちで協力して搬入しました※5。
図2 道具の搬入から(※5)搬入を終えると、残った時間を使って練習を始めます。2・3年生は昨年も歌舞伎を経験していて、分からないところを先輩に聞きながら進めました。大人が教えてきた学校で、いまは生徒も前年の経験を頼りにしています。学校の言葉は、「今年最初の練習とは思えないほど、どの役もすでに自分のものにしていました。」11月の文化祭(予定)を前に、「本番が今からとても楽しみです。」と結んでいます※5。
子どもの芝居を、次の担い手につなげる。檜枝岐村では座員が生徒を指導し、山形県鮭川村では、子ども歌舞伎をきっかけに保存会に入る若者が出ていると、村は書きます※6。
家に続く子役と、学校で歌舞伎を覚える生徒。その生徒が高校へ進むときには、一度村を出ることになります。村内にあるのは児童館と小学校、中学校までで、進学者が多い会津若松市には、村営の寄宿舎「尾瀬寮」があります※7。
学校で芝居を覚えた子どもも、高校では村の外へ。座長は、その子どもたちが村へ戻る先をどう考えているのでしょうか。
檜枝岐村への移住と仕事|一度出て、戻ってくる村
三つ目の柱は、一度村を出た人が、戻って仕事を持ち暮らすことです。進学で村を出る子どもについて、2023年の座長は、高校ではいったん村外へ出てしまうが、帰村して仕事が見つかれば一座に入ってほしいと答えています※1。
2021年12月、村長は、一度は村を離れても約6割の村民がUターンして村を支えていると書きました。2020年度の人口動向では、21〜49歳の約6割が村出身者でした※2。
図3 戻ってくる村(※2)村で生まれ育った人は、山形の高校、東京の大学と鉄道会社での勤務を経て、2019年に地域おこし協力隊として戻りました。2021年からは廃業予定だったキャンプ場を引き継ぎ、村で経営していると県のコラムは紹介しています※8。
外から、歌舞伎や伝統工芸が残っていることを決め手に、この村を選んだ人もいます。神奈川県生まれで移り住んだ人は、2015年に地域おこし協力隊として移住し、3年間の任期のあとも村に住んで、曲げわっぱ職人、尾瀬ガイド、サンショウウオ漁師と、季節ごとに複数の仕事をしていました※8。
ここで働く家族の日々について、役場と金融機関に勤める、2017年に横浜市から妻の故郷へ移り住んだ夫妻は、夏には帰宅後に子どもと外で遊べるようになり、「移住前の生活では考えられない時間を過ごしています」と話しています※7。
私の見立て|檜枝岐村は村を出た子の帰りを待つ歌舞伎の村
次に演じる人を、誰が育て、どんな暮らしの先に望むか。客が見たのは、家に重なった8代。学校で動いたのは、道具を運び、先輩に聞く生徒。村民の約6割が歩んだのは、一度出て戻る道のりでした。
子どもの芝居から次の担い手へ、という道筋は、檜枝岐村では座員が教える学校に、鮭川村では若者が入る保存会につながっています※6。
私の見立てはこうです。檜枝岐村は、村の人が家で子役を育て、学校で芝居を教え、村を出た子の帰りを待つ村です。
図4 帰りを待つ村(※1)「帰村して仕事が見つかれば、是非入座してもらいたいです。」2023年にそう答えた座長のもとには、8代目の子役と、その前の6・7代目が一緒にいました※1。2026年10月8日、生徒たちはまた、学校へ重い道具を運び込んでいます※5。
檜枝岐村を数字で見たい人へ|住まい・仕事・冬・観劇の要点
村外出身者の定住も受け入れるため、村は住宅を整備してきました。村営住宅の単身者向けの例を表にしました※9。
| 村営住宅 |
月額家賃 |
| 単身者向け1K |
12,500円 |
| 単身者向け1DK |
16,000円 |
- 住まい: 表は2026年10月9日に確認した掲載額です。家族向けの住宅もあります。住宅によって、車庫・駐車場・暖房機の使用料が別途かかります。募集状況と入居条件は産業建設課へ確認します※9。
- 滞在: 元公衆浴場を改修した「つれづれラボ-25」は、お試し移住にも利用できます。滞在は2泊からで1泊5,000円。1階の図書・セルフカフェのスペースは、村民もときどき利用します。施設の予約は080-5518-3533、移住の相談は村役場総務課0241-75-2500へ※10。
- 働く場所: 村で持つ仕事には、家族経営や自営業に加え、役場職員や役場関連の施設での勤務もあります。移住冊子では、役場関連の仕事は随時職員を募集しており、新たに事業を始める村民も増えてきたとしています。滞在先から通える勤務先や、始めたい仕事を移住相談で尋ねます※7。
- 仕事の支え: 起業チャレンジ補助金は、村に住む人や村に代表者の住所がある団体・法人が村内で新しく始める事業を対象とし、経費の2/3、上限100万円。移住から5年以内の村民、女性、女性が代表の団体では4/5です。副業・第二創業は対象にせず、他の補助等の収入は対象経費から差し引きます。交付後には、村の地域づくり事業への積極的な協力も求めています。年度で内容が変わるため、申請前に役場へ現行の条件を確認します※11。
- 冬と移動: ふだんの移動には車が必要で、冬にはスコップやスノーダンプで雪かきをする暮らしがあります。専門的な診療には村外の病院まで車で約1〜2時間。家から職場への経路、雪の日の出発までの支度、通院や進学先への移動も、滞在中に確かめたい点です※7。
- 観劇: 2026年9月5日の第41回歌舞伎の夕べは、村内宿泊者無料で、券は宿泊施設で配る案内でした。開演は午後3時。「夕べ」という名でも昼間の公演で、観光協会は終演後に温泉や食事などを楽しむよう呼びかけていました※12。
- 芝居の筋: 2023年の座長の回答では、初めて見る人に演目の解説書を買って読むことを勧めています。開演前には元NHKアナウンサー葛西聖司さんによるCD解説があり、上演日によっては本人の生の解説もある、と答えました※1。
- Uターンの数字: 本文と題の約6割は、2021年12月20日の村長寄稿にある村民の割合です。同じ寄稿の21〜49歳の約6割は、2020年度の人口動向における村出身者の割合です。それぞれの対象と時点を添えて読みます※2。
人口の年齢構成や推移は檜枝岐村の人口ページ、産業と暮らしの数字は檜枝岐村のデータページで見られます。公演時刻や滞在料金、住宅の募集状況は、出かける前に各窓口へ確かめてください。
出典リンク集