海南市の移住支援金は、鈴木さんとお菓子の発信者を探している|みかん畑と漆器の町で、担い手として暮らす

公開日: 2026-09-26
海南市/名字でも身内を数える市/① お菓子の神様の縁/② 縁の先にある仕事/③ 担う側の一年

和歌山県海南市の移住支援金には、条件の一つとして「申請時において、『鈴木姓』であること」と書かれています※1。

最初、私はこの一行を、話題づくりの冗談だと思って読み流しかけました。移住の支援金の条件は、国や県がまとめて決めた、どの町でも同じ書類の話だと思っていたからです。

ところが、この支援金で移り住む人と町とのつながりを何で認めるかは、移り住む先の市町村が自分で決めるものでした※2。海南市はそこに、名字が鈴木であることと、お菓子の発信者であることを書き込みました。そのうえで、みかん畑などの農林水産業や家業、漆器や家庭用品の仕事に就くことを求めています※1。

では、なぜ、海南市は名字とお菓子を書いたのか。

この市に、全国の鈴木さんのルーツとされる屋敷と、お菓子の神様をまつる神社があるからです※3。市はその縁を、みかん畑や漆器の仕事を担う人を迎える入り口にしました。入り口の先には、蔵からみかんを出し、秋のまつりで漆器を並べる、担う側の一年があります。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、移住の助成金の実額も交えて解説します。モノサシは一つだけ。この市は「誰を身内として数えているか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。

鈴木さんのルーツとされる屋敷がある海南市|藤白の鈴木屋敷と、お菓子の神様

一つ目の柱は、鈴木さんとお菓子の神様の縁です。

JR海南駅から歩いて20分ほどの藤白に、鈴木屋敷があります。藤白の鈴木氏は平安時代の終わりごろに熊野からこの地へ移り住み、ここを拠点に全国へ熊野信仰を広めた、と市は伝えています。庭は室町時代の末ごろ、建物の一部は江戸時代の後期に造られました。義経の家来として衣川で討ち死にした鈴木三郎重家もこの地の出身で、義経もこの地を訪れたとされています※4。市はこの屋敷を「全国鈴木姓のルーツ」と呼び、2023年3月に復元を終え、2024年度には「鈴木サミット」の開催を支えました※5。入場料は500円です※4。鈴木さんがこの市に移ってきたら、最初に門をくぐる場所は、ここになりそうです。

名字を条件にした支援金は、2023年11月19日放送の「ナニコレ珍百景」で取り上げられ、12月には英国のガーディアン紙にも載りました※6。記事によれば、制度は2021年に始まり、東京圏に住む鈴木さんはおよそ75万人と見込まれていたといいます。市の担当者は、まだ一人の鈴木さんも移ってきていないと、そのまま答えていました。鈴木さんがこの市に移ることは祖先とのつながりを取り戻すことだ、という市の担当者たちの言葉も、記事に載っています※7。

2024年9月には、「日本一の鈴木姓の住民数」を掲げる静岡県浜松市と海南市を並べた移住セミナー「天下分け目の鈴木姓合戦」が、和歌山県と浜松市の主催でオンラインで開かれると案内されました※8。

もう一つの縁は、市内の下津町橘本にあります。天皇の命を受けた田道間守(たぢまもり)が、海の向こうから橘の実を持ち帰り、「六本樹の丘」に植えたとされています。約1900年前のことです。橘はみかんの元になった果物で、砂糖が手に入りにくかった時代にはお菓子として食べられていました。そこでこの地はみかんとお菓子の発祥の地とされ、田道間守は橘本神社に、みかんの神様、お菓子の神様としてまつられています※9。

市には、お菓子の振興を定めた条例まであります。「お菓子」とは「菓子及び果物」のことで、市民にもお菓子の情報を発信するよう努めることを求めています※10。お菓子の発信者が移ってくれば、条例が市民に求めていることを、着いたその日から仕事にしている人です。4月の第1日曜日には、全国から180社ほどの菓子業者が橘本神社に銘菓を供える菓子祭があり、発信する材料には困らないはずです※11。

お菓子の神様/橘の実/約1900年前。海を望む丘に実をつけた橘の木が立つ場面。実在の施設を再現したものではない。
図1 橘の実と、お菓子の神様の縁(※12)

名の起こりを掲げる町は、ほかにもあります。福岡市は、志賀島を古代の海の民「阿曇族」の発祥の地とされる場所と呼んでいます。食の起こりでは、同じ和歌山県の湯浅町が醤油醸造の発祥の地といわれ、福岡県の飯塚市は日本遺産の「シュガーロード」を抱えて「銘菓発祥の地という利点を生かし」た商品づくりを掲げています※13。

海南市の仕事|みかん畑と漆器・家庭用品、支援金が名指しする担い手

二つ目の柱は、縁の先にある仕事です。

名字やお菓子で認められるつながりは、入り口の半分です。支援金を受けるには、もう半分として、市の担い手の条件も満たす必要があります※1。

縁の先にある仕事/みかん畑/漆器や家庭用品。段々みかん畑を望む作業場に、漆の椀や筆、ほうき、たわしが並ぶ場面。
図2 縁の先にある仕事(※1)

担い手の一つ目は、みかん畑です。市内の第一次産業で働く人の97.6%は農業で、農業産出額は果実(温州みかんなど)が73.6億円、2番目の米のおよそ32倍あります※14。

このみかんは、土壁の蔵で寝かせてから出す「蔵出しみかん」です。蔵は、畑の土や雑木林の竹や木を使って、農家が建ててきたそうです※9。この蔵出しの仕組みは、2019年2月に「下津蔵出しみかんシステム」として日本農業遺産に認定されました。2025年8月には、有田と下津の地域で400年以上前から農家が築いてきた石積みの段々畑のみかんづくりが、世界農業遺産に認定されています※15。

鈴木さんがみかん畑を選んだとしても、ひとりで畑に立つとはかぎりません。2023年度から、市の職員が職務の外で報酬を得て、繁忙期の収穫や運搬を手伝ってきました。2024年4月には、新しく農業を始める人を受け入れて定着を支える協議会もできています※16。

二つ目は、漆器です。紀州漆器は市の北西部、黒江地区を中心につくられてきました。始まりは室町時代ともいわれ、江戸時代の中期に紀州藩の保護のもとで発展の基礎を築き、1978年には国の伝統的工芸品に指定されています※17。

三つ目は、家庭用品です。トイレやバス、キッチンの用品が中心で、水まわりの品は全国的にも高いシェアがあります。もとはシュロを材料にした縄やほうき、たわしづくりで、シュロの栽培は弘法大師が始めたという説まで伝わっています。材料はシュロから椰子の実の繊維へ、さらにビニロンや発泡ポリエチレンへと移り、家具づくりの起こりも漆器の木地師にあるといわれます※18。

漆の担い手を外から迎えようとしているのは、岩手県の二戸市も同じです。二戸市は、漆の後継者を地域おこし協力隊制度や日本うるし掻き技術保存会の研修制度で育て、意欲ある従事者の移住と定住を支えるとしています※19。

海南市で担う側の一年|蔵からみかんを出す冬と、漆器市に立つ秋

三つ目の柱は、担う側の一年です。

担う側の一年/年明け/蔵出しみかん。土壁の蔵から木箱のみかんを運び出す冬の場面。人は小さな後ろ姿で描いている。
図3 年明けに蔵から出すみかん(※20)

鈴木さんが下津で蔵出しを担うなら、その冬は蔵とともに過ぎていくはずです。収穫したみかんを土壁の蔵に入れ、寝かせて甘さが増すのを待ち、ほかの産地が出荷しない時期を見はからって出していく※9。年内に出る有田みかんのあとを、年明けの下津の蔵出しみかんが引き継ぎます※15。

漆器や家庭用品の仕事に就いた人にとっては、11月の第1土曜・日曜が、売る側に立つ二日になりそうです。紀州漆器まつりでは産地問屋が漆器市を開き、うるわし館では蒔絵の体験もできます。同じ二日、総合体育館の家庭用品まつりは、使う人に日ごろの感謝を伝える祭りとして開かれます。2026年は11月7日と8日です※21。

町の誇りを暦の一日にしている町は、ほかにもあります。岐阜県の関市は、「清流長良川の鮎」が世界農業遺産に認定されたのを記念して、毎年7月第4日曜日を「GIAHS鮎の日」とし、イベントを開いています※22。

蔵の戸を開ける年明けと、漆器市の店先に立つ11月。担う側の暦には、その二つの日付に丸が付いています。

私の見立て|海南市は、名字でも身内を数える市

3つの柱を、モノサシに戻して並べます。縁について言えば、この市は鈴木さんとお菓子の神様を、自分の土地の話として持っている。仕事については、その縁を持つ人に、みかん畑や漆器、家庭用品の担い手になってほしいと条件に書いた。一年については、蔵を開ける日とまつりの店先に立つ日が、担う側の暦に入っている。漆の研修で迎える二戸市と、名字で迎える海南市。どちらも、担い手を外から迎える入り口です。

名字でも身内を数える市/つながりのある人。みかんの木が寄り添う道から、開いた門と家の庭へ歩く小さな後ろ姿。実在の屋敷を再現したものではない。
図4 名字でも身内を数える市(※3)
この市は、鈴木さんを、はじめからつながりのある人として数えています※3。鈴木さんのほうも、全国から数百件の寄付を寄せて屋敷の復元を支え、そこには二輪車と自動車のスズキも加わったと、英国ガーディアン紙は伝えています※7。私の見立てはこうです。海南市は、名字でも身内を数える市です。まだ一人も、と答えた2023年から3年。2026年のいまも、支援金の条件には同じ一行が残っています※1。

海南市を数字で見たい人へ|人口・仕事・助成金・子育ての要点

項目 数字
人口 45,653人(2026年1月1日)※23
世帯 21,836世帯(同)※23
農業で働く人 8.5%(2020年)※24
製造業で働く人 18.8%(2020年)※24
果実の産出額 73.6億円(2023年)※14

移住と住まいの助成(2026年9月時点の市のページ)

子育て・老後の要点

人口の推移と将来の見通しは海南市の人口ページに、暮らしのデータは海南市のページにまとめてあります。助成金の金額と条件は年度で変わるので、申請の前に市の現行ページで確かめてください。本文で紹介した市の見方の多くは2025年ごろのもので、数字には、わかる範囲で年を添えています。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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