移住先の由布市では、牛肉で腹ごしらえをしてから本音を叫ぶ|牛の持ち主を都会で募った町の草原

公開日: 2026-09-29
由布市/腹ごしらえのあとに、草原で本音を叫ぶ市/① 牛の持ち主と草原/② 焼肉のあとの叫び/③ 草原のそば

「コメの値段が高い。卵も高い。何もかも高い。変わらないのは旦那の給料。旦那頑張れ。給料上がれー!」

2025年10月13日、大分県由布市湯布院町の牧場に響いた叫びの一つです※1。市のページは、この催しをこう案内しています。「大自然に囲まれた広い牧草地の中で、地元で育った『ゆふいん牛』のバーベキューを食べた後、参加者が思いの丈を絶叫し声の大きさや内容などを競います。」※2。

大声で本音を言える場所は、家の中か、せいぜいカラオケの個室くらいだと私は思っていました。

ところが、この町では、秋の草原に人が集まって肉を焼き、おなかが落ち着いたころに、抽選で選ばれた人が一人ずつ思いの丈を叫びます。2025年の叫びには、家族への頼みや毎日の暮らしのことが並びました※1。

では、この草原では、どんな声が上がってきたのか。

最初の声は1972年、牛を放す草原を残そうと、都会の人に牛の持ち主になってもらおうと呼びかけた声です※3。次は、秋ごとに集まって肉を焼き、腹の底から叫ぶ人たちの声。そして、草原のそばに越してきて、その輪に加わった人の声です。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、移り住んだ人の声も交えて解説します。モノサシは一つだけ。この町の草原では「どんな声が上がってきたか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。

由布市の牛一頭牧場運動|都会の持ち主と農家のあいだを、牛と米とみそが行き来した

一つ目の柱は、牛の持ち主と草原です。

1972年、湯布院の盆地で、都会の人が牛の持ち主になる「牛一頭牧場運動」が始まりました。持ち主になった人の牛は、地元の農家が育てます※3。

農家からは毎年、お礼に自分の家でとれた米や果物、みそが持ち主のもとへ届きました。リゾート開発の波が近づき、牧場を手放す農家が増え始めていたころです。この運動で牧場の牛は数倍に増え、牛を放す広い草原が残った、とサントリー文化財団は紹介しています※3。

牛の持ち主と草原/1972年/米や果物、みそ。広い草原で牛を育てる農家の後ろ姿と、米・果物・みそのお礼を置いた台。
図1 牛の持ち主と農家のお礼(※4)

やがて、持ち主を高原に招いて、焼肉を囲む日ができました。その集まりが、絶叫大会の始まりです※5。1975年、大分県の中部で起きた地震のあとに客足が落ちたときには、この大会が辻馬車や音楽祭、映画祭と並ぶ催しの一つとして企画されました。町が元気であることを知らせたかったのだと聞いている、と移住サイトの日記は書いています※6。

おおいた遺産の解説は、牛の持ち主を募る運動はもう終わっていると書いています。大会のほうは、参加料を払えば誰でも加われる形で続いてきました※5。2025年の秋で51回目です※1。

長く続けてきた催しが、その土地の名刺になった例は、山形県にもあります。山形市は、「山形国際ドキュメンタリー映画祭」を30年以上開いてきたことなどが評価され、2017年に映画の分野でユネスコ創造都市ネットワークへの加盟が認められた、と説明しています※7。

由布市の牛喰い絶叫大会|焼肉のあと、子どもから大人までが叫ぶ

二つ目の柱は、焼肉のあとの叫びです。

会場の牧草地は、この日のために開けられます※2。2025年の大会の日、湯布院町の並柳牧場には、県の内外から約450人が集まりました。受付で肉と焼き野菜、シチュー、おにぎりを受け取り、草原に並んだ焼き台で焼いて食べます※8。

参加した一人は、テレビ大分にこう話しています。「こんな大草原の中で、焼肉をすることは人生初めてなので気持ちいい」※1。

叫ぶのは、抽選で選ばれた4歳から88歳までの70人です※1。声の大きさは騒音を測る機械で測られますが、審査はそれだけでは決まらず、中身のおもしろさも見られます※5。

先に叫ぶのは子どもたちです。「パパいつもソファで寝ないでね」「歯抜けた。みんなから歯抜けって言われるから、早く歯生えてきてー!」※1。

大人の番になると、暮らしの本音がそのまま出てきます。「春の健康診断で、太りすぎで再検査になった。この夏頑張って5キロやせた。妻、娘、褒めてくれー!」※1。

賞は優勝だけではありません。石川県への単身赴任を3月に終えた大分市の会社員は「喜んでくれたのは愛犬のマイケルだけ」と叫び、JR九州大分支社長賞に選ばれました※8。

焼肉のあとの叫び/2025年/4歳から88歳までの70人。秋の草原で焼肉を食べたあと、空に向かって叫ぶ人と観客の小さな後ろ姿。
図2 焼肉のあと、草原で思いを叫ぶ(※9)

土地の言葉を、市の看板に掲げたところもあります。秋田市は総合計画の冒頭に「こでらえねぇまち」と掲げ、秋田弁で「たまらなくいい」という意味のこの言葉を、市民に自信を持って言ってもらえるようにしたい、と書いています※10。

由布市で始まる暮らし|草原の一日に加わった人と、県都への近さ

三つ目の柱は、草原のそばで始まる暮らしです。

2025年6月に神奈川県から湯布院町へ移った地域おこし協力隊の一人は、週末ごとに地域の人と話しながら町を回り、4か月後にこの大会へ出かけました。神楽の出迎えを受け、U字溝に網を乗せた焼き台で肉を焼いたその日を、2025年11月20日付の市の移住サイトの日記は「会場は笑い声にあふれていました」と書いています※8。

草原の一年は、冬の終わりの野焼きから始まります※11。

草原の一年/冬の終わりの野焼き。枯れ草の広い高原を低い火の帯が進み、焼かれた地面と遠い山並みが見える場面。
図3 野焼きから始まる草原の一年(※12)

暮らしの場所としての由布市は、湯布院・庄内・挾間の三つの町からなり、国道210号線とJR久大本線がつないでいます。大分市や別府市までは車で約30分、大分空港までは高速道路で約1時間です※13。

住む人自身も、この近さを挙げています。2014年度からの市民懇談会では、「田舎なのに、県都大分市に近いから、田舎にいながら街の暮らしができる。」という声が出ました※14。

三つの町は、湯布院に冬の雪の日があり、庄内に棚田が広がって梨づくりがさかんで、挾間にスーパーや大学病院があるというように、それぞれ顔が違います※15。

働く人は観光業や農業、医療や福祉の仕事に多く、大分県の中心部へ通う人も多い、と移住サイトは案内しています※16。

2025年12月に兵庫県から移った協力隊の一人は、5か月ほどたったころの日記に、こう書きました。「今日出会った人と、この先何か一緒に面白いことができるかもしれない。」※17。

越してきた人が、町の計画の表紙を描いた例は、栃木県にもあります。鹿沼市の総合計画の概要版の表紙は地域おこし協力隊の一人が描いたもので、「鹿沼のまちで人々が笑顔でいきいきと過ごす姿を表現しています」と説明が添えられています※18。

私の見立て|由布市は、腹ごしらえのあとに、草原で本音を叫ぶ市

この草原に上がってきた声を、古い順に並べます。1972年は、牛の持ち主になってほしいという、都会への呼びかけでした。いまの秋は、焼肉のあとに、家族への頼みや暮らしの思いが叫ばれています。そして草原のそばには、その輪に加わって暮らしを始める人がいます。山形市は長く続く映画祭を、秋田市は土地の言葉を、それぞれの町の看板にしています。

草原で本音を叫ぶ市/空気が良い/116.7デシベル。焼肉を食べたあとの人たちが、秋の広い草原と空に向かって声を放つ後ろ姿。
図4 草原に響いた声と、空気の良さ(※1)

私の見立てはこうです。由布市は、腹ごしらえのあとに、草原で本音を叫ぶ市です。2014年度からの市民懇談会で住む人が挙げた由布市のいいところには、「空気が良い」もありました※14。2025年10月13日、草原でいちばん大きかった116.7デシベルの声も「由布院の肉うまーい。空気も最高、毎日健康ありがとう」でした※1。

由布市を数字で見たい人へ|人口・仕事・気温・移住の支えの要点

項目 数字
人口 33,501人(2026年)※19
世帯 16,472世帯(同)※19
医療・福祉 19.0%(2020年)※20
宿泊・飲食 10.7%(2020年)※20
農業・林業 8.9%(2020年)※20
10月の日最高気温 21.0℃(湯布院)※21
1月の日最低気温 -2.2℃(湯布院)※21

人口の推移と年齢別の出入りは由布市の人口ページに、暮らしのデータは由布市のページにまとめてあります。助成金の金額と条件は年度で変わり、予算の上限に達すると受けられない年もあるので、申請の前に市の現行ページで確かめてください。人口と世帯は2026年1月1日、働く人の割合は2020年の国勢調査、気温は湯布院観測点の平年値(1991〜2020年)です。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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