電車の中のひと言で空き地が聖地になった市が、「大阪に住むなら東大阪市」と言うまで|移住して工場の隣に住む暮らし

公開日: 2026-09-27
東大阪市/隣づきあいを決まりにした市/①ラグビーの聖地/②隣の工場へ説明/③「住むなら」

「沿線にはずいぶん空き地が多いじゃないか。この辺に今台頭しつつあるラグビーの専用競技場を作ったらどうか。乗客も増えて会社も利益を得るのではないか」。1928年の秋、電車の中でそういう内容のひと言があって、翌年、その沿線に日本最初のラグビー専用グラウンドが開きました※1。大阪府東大阪市の花園ラグビー場です。

ラグビーの聖地と、町工場の市。私はこの市を、試合を観に来る場所、働きに来る場所だと思っていました。住むのは、どこか別の町だろうと。

ところが、この市には47万8千人あまりが住んでいます※2。いま、家と工場が隣り合う地域が多くあります※3。工場の多い地域(工業地域のすべてと準工業地域の多く)に家を建てる人は、隣に工場があれば、工事の前にその工場へ計画を説明します。空き地が多いと言われた土地の市は、2013年に、そういう決まりを作りました※4。その市が、若者・子育て世代に向けて掲げる言葉が「大阪に住むなら東大阪市」です※5。

では、なぜ、電車の中のひと言で空き地が聖地になった市が、「大阪に住むなら東大阪市」と言うようになったのか。

乗客も増えるだろうというひと言から生まれたグラウンドは、2015年に市のものになりました※1。2020年ごろ、市は、「ラグビーの聖地」の名は国内だけでなく世界に知れわたったのに、「住む場所」としての魅力は十分に発信できているとはいえない、と見ていました。若い世代では、出ていく人のほうが多い状態が続いていたからです。そこで「定住人口の獲得」を大きなテーマに据えました※6。市が2030年度に向けて上げたいと掲げるのは、ずっと住み続けたいと答える市民の割合です※7。その住まいの隣に、工場があります。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、通勤の時間や子育て支援の実額も交えて解説します。モノサシは一つだけ。この市は「空き地のあとに、何を隣り合わせたか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。

東大阪市の花園ラグビー場|沿線の空き地が「ラグビーの聖地」になるまで

一つ目の柱は、空き地から生まれた聖地です。

1928年10月、橿原神宮へ向かう秩父宮が、鉄道会社(いまの近畿日本鉄道)の電車で役員と話していたとき、こういう内容の言葉があったと、市は伝えています。「沿線にはずいぶん空き地が多いじゃないか。この辺に今台頭しつつあるラグビーの専用競技場を作ったらどうか。乗客も増えて会社も利益を得るのではないか」。役員会はその年の12月に建設を決め、翌1929年11月、当時の中河内郡英田村の花園に、日本最初のラグビー専用グラウンドが開場しました。お手本はイギリスのトゥイッケナム。周りに9メートルの余地をとり、水はけの勾配をつけ、全面に高麗芝を植えました※1。

思いつきは電車の中のひと言で、工事は鉄道会社のもの、ひと言が挙げた見込みは、乗客と会社の利益でした。全国の高校生が集まる場所になったのは、そのあとです。1963年、全国高校ラグビー大会が西宮から移ってきます。名神高速道路の建設で、西宮の球技場の規模が小さくなるためでした※1。大会はそれから毎年、花園で開かれています※8。

市がこのグラウンドを自分の名前で呼ぶまでには、さらに時間がかかりました。1991年に「ラグビーのまち」を名乗りはじめた市は※9、開場から86年後の2015年、鉄道会社から土地を買い、建物を無償で譲り受けて、名前を「東大阪市花園ラグビー場」に変えました※1。ワールドカップを前にした改修などのための基金には寄付が寄せられ、2018年末までに5万円以上を寄付した人の名前を掲げたネームプレートを、市は2019年にラグビー場の中に設置しています※10。

空き地から生まれた聖地/1929年11月/日本最初のラグビー専用グラウンド。沿線の空き地に広がる芝のラグビー専用グラウンドと、遠くを走る電車の場面。
図1 空き地から生まれた聖地(※11)

「聖地」の一語を、自分の町の何かに当てる町は、ほかにもあります。山形県の天童市は「将棋のまち」の更なる高みにある「将棋の聖地」を目指すと言い、石川県の小松市は木場潟を「カヌーの聖地」と呼んでいます※12。

東大阪市の仕事と住まい|隣の工場へ説明してから建てる家

二つ目の柱は、隣の工場へ説明してから建てる家です。

山林などを除いた土地で数えると、およそ100メートル四方に1つ、製造業の事業所がある計算です(1平方キロメートルあたり107.6)※13。歯ブラシやカバン、家具をつくる工場があり、国内の交通系ICカードのすべての加工と検査もこの市で行われ、明石海峡大橋や航空機に部品を納める工場もあるそうです※13。親会社との系列を持たない企業が多く、少数の大企業を頂点にしたピラミッド型ではなく、中企業と中企業、小企業と小企業が縦横につながって、一社では難しい仕事を仕上げる、というのが市の説明です※13。新潟県の三条市も、製造業、とりわけ金属製品の割合が高く、規模の小さい企業が多いことを、自分の特徴に挙げています※14。

そして工場は、家の隣にあります。この市は多くの市民が暮らす住宅都市でもあり、交通の便がよいので、工業地域や準工業地域の土地にも家を建てたい人がいる。工場の近くに家が建つと、隣どうしの問題が起きてきた。決まりの前置きは、そう述べています※15。製造業の事業所がいちばん多かったころの6割ほどに減るなかで※16、2013年に、家と工場が共に生きるための決まりができました。市内の工業地域のすべてと準工業地域の約91%が「モノづくり推進地域」で、そこに家を建てる人は、まず市と協議し、隣に工場があれば計画を説明してから建てます※4。家を売り買いする仲介業者にも、買う人や借りる人に近くの工場の立地を説明するよう求めています※4。

「工場の騒音が軽減され、静かになった」。市の報告書が載せる住民の声です。工場が騒音や振動の対策をするときは費用の半分・300万円までの補助があり、同じ報告書には事業者の側の「地域住民との関係性がよくなった」という声も並んでいます※17。工場の隣に住む、と聞いて、私はどちらかが譲る話だと思っていました。市が守ろうとしているのは、市民の住まいの環境と、工場が操業を続ける環境の両方です※15。この手続きをした住宅の建築の案件は、2016年度から2025年度までの10年、毎年55件から139件あり、2025年度は76件でした※18。騒音や振動の対策への補助は、市が毎年2件分を予算に置き、同じ10年で13件に交付されています※17。2026年9月から2027年2月までは、この決まりに基づく施策の実施状況が公表され、市民や企業からの意見が募られているところです※19。

隣の工場へ説明/隣に工場があれば/計画を説明してから建てます。家の隣の小さな工場で、計画の紙を持って説明する後ろ姿の場面。
図2 隣の工場へ説明してから建てる家(※20)

工場の多い地域で部屋を借りるなら、仲介の窓口で、近くの工場の立地を先に聞くことになりそうです※4。

東大阪市の子育てと定住|「大阪に住むなら東大阪市」と言いはじめた市

三つ目の柱は、「住むなら」と言いはじめた市です。

乗客も増えると言われて生まれたグラウンドには、いま、この市に住む人が入っています。市内の小学校では2011年度から、希望する学校の体育の授業にタグラグビーを取り入れてきました。2026年2月4日の交流大会には10校の約850人が集まり、開会式は初めて第1グラウンドで開かれました※21。この市に住む70歳以上の人は、花園で開かれる大学ラグビーなどの試合に無料で招待されます※22。

2018年9月のまちづくりアンケートで、「ずっと住み続けたい」と答えた市民は48.8%でした。2023年度には63.7%になり、市が掲げる目標は2030年度末の70%です※23。住むことを合言葉に入れた町はほかにもあり、北海道の音更町は「みんなが住みよい 選ばれるまち おとふけ」をまちの将来像に掲げ、埼玉県の毛呂山町は将来像の中に「住みやすいまち 住み続けたいまち」の言葉を置いています※24。

市が選んでほしい相手は、若者・子育て世代です※5。市立の小中学校は給食費が無償です※25。2歳児クラスの保育料は世帯の所得にかかわらず無償で、2027年4月からは1歳児クラスも加わります※26。18歳まで、医療費は同じ医療機関で1日最大500円、月2回までの負担です※25。

市がそう見ていたころから4年後、2024年の1年は、他の市区町村との出入りで、15歳から39歳までのどの年代も、入ってきた人のほうが多い年でした※27。

「住むなら」/2026年2月4日/10校の約850人。ラグビーのグラウンドで開会式に集まる小学生を、遠くの後ろ姿で描いた場面。
図3 住む人が入るグラウンド(※21)

住む人の一年にも、花園の日付が入ります。2026年は10月10日にマスターズ花園の記念イベントがあり、花園近鉄ライナーズの試合のわきに、東大阪産の野菜のマルシェが並ぶ予定です※28。年の暮れには、全国から人がやって来ます。2025年は12月27日から翌年1月7日まで全国高校ラグビー大会が花園で開かれ、11万人を超える人が訪れたそうです※29。この市に住むなら、ふだんは大阪の都心へ約30分(荒本駅から)で通い※25、大会の季節には、観に来る人を迎える側に回ることになりそうです。

私の見立て|東大阪市は、隣づきあいを決まりにした市

3つの柱を、モノサシに戻して並べます。沿線の空き地には、乗客も増えるだろうというひと言でグラウンドができ、観に来る人が集まるようになった。家の隣には工場が残り、家を建てる人が先に説明に行く隣人になった。そして聖地には、いま、市内の小学生と70歳以上の人が入り、市は「住むなら」と、住む場所として名乗りはじめています。

隣づきあい/家と工場が隣り合って建つ/2013年。家と小さな工場が隣り合う道を、大人と子どもが後ろ姿で歩く場面。
図4 家と工場が隣り合う暮らし(※4)

「モノづくりのまち」と「ラグビーのまち」。この市は、この二つの名前で歩いてきました※30。新潟県の三条市も、「ものづくりのまち」と「アウトドアの聖地」を自分の強みとして並べています※31。

私の見立てはこうです。東大阪市は、隣づきあいを決まりにした市です。1928年に「空き地が多い」と言われた土地に、家と工場が隣り合って建つ市は、2013年に、家を建てる前に隣の工場へ説明に行くことを決まりにしました※4。沿線には、乗客も増えるだろうと言われて生まれた花園のグラウンドがあり、市内には、工場の隣の家があります。2026年2月、交流大会の開会式が初めて第1グラウンドで開かれ、市内の小学生約850人が集まりました※21。

東大阪市を数字で見たい人へ|人口・仕事・通勤・子育て支援の要点

項目 数字
人口 478,689人(2026年1月1日)※2
世帯 255,579世帯(同)※2
昼夜間人口比率 103.7%(2020年)※32
製造業の事業所 5,564(2021年)※13
製造業で働く人の割合 21.2%(2020年)※33

子育ての支援の要点(2026年9月時点の市のページ)

人口の推移と年齢別の出入りは東大阪市の人口ページに、暮らしのデータは東大阪市のページにまとめてあります。助成金の金額と条件は年度で変わるので、申請の前に市の現行ページで確かめてください。本文で紹介した市の見方の多くは2020年ごろのもので、数字には、わかる範囲で年を添えています。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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