大空町に移住して、空港と畑の間で暮らすということ|白い飛行機に窓が付いた理由

公開日: 2026-09-20最終更新日: 2026-09-27
大空町/出ていく門であり、戻ってくる門/① 二つのまま並べる町/② 出て、戻る門/③ 町が待っている人

人口6,279人の町に、朝になると人が増えます※1。オホーツク圏の「空の玄関口」、女満別空港がある町、北海道の大空町です※2。

空港の町なのだろう、と私は思っていました。滑走路と駐車場と、通り過ぎる人の町。

ところが、この町で働く人の4割は、畑と牧場と湖にいます※3。中央に畑作、西の川沿いに稲作、南の山のふもとに酪農、北の湖に漁※4。通り過ぎるための空港と、腰を据えないと成り立たない畑が、同じ町に収まっている。

では、なぜ両立するのか。

答えは、この町が「溶かさない町」だからです。合併の翌年に白い飛行機を描いて「ひとつに染まるように」と願い、10年目になっても農協も高校も町の花も2つずつ。二つを二つのまま並べて、飛行機で結ぶ。空港と畑も、同じ組み方で持っています。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、助成金の実額や冬の暮らしも交えて解説します。モノサシは一つだけ。この町は「溶かしたか、並べたか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。

大空町は「二つのまま並べる町」|マッチの軸木から、白い飛行機、そして高校の統合まで

一つ目の柱は、二つのまま並べる町です。

明治の半ば、網走の一角に、マッチの軸木を伐り出す人たちが住みつきました。これが女満別の始まりです※2。それから16年後、少し離れた東藻琴に入植者が入りました※2。二つの集落は、同じ網走町から別々に独立しました。26年ずれて。そして先に独立した女満別から数えておよそ85年後、二つはまた一つの町になります※2。それが大空町です。

二つのまま並べる町/女満別/東藻琴。一つの空の下に、平らな畑の集落と山のふもとの集落が並び、道で結ばれる手描きの風景。
図1 女満別と東藻琴、二つの集落から大空町へ(※2)

生まれたばかりの町がつくった条例の一つに、審議会の委員は「審議が終了したときは、解任される」という一条があります※5。必要なぶんだけ集めて、終わったら畳む。この町の性分は、生まれてすぐの一行に出ています。

合併の翌年、新しい町はシンボルマークを決めました。三角は藻琴山。水芭蕉と芝桜は町の花。そして中央に、白い飛行機。白いのは「みんながひとつに染まるように」という願いです※6。女満別と東藻琴が、ひとつに染まるように。

空港の名前には、ふつう土地の顔が付きます。釧路は「たんちょう釧路空港」、山形は「おいしい山形空港」、兵庫の但馬は「コウノトリ空港」、鹿児島の沖永良部は「えらぶゆりの島空港」※7。大空町は逆でした。空港の名前は女満別のまま、飛行機のほうを町の紋章に入れた。

ところが10年目の町を見ると、農協が2つあります。観光協会も2つ。福祉法人も消防団も、女満別と東藻琴に一つずつ。高校も二つあって、道立の女満別高校と、町立の東藻琴高校※8。町の花は芝桜と水芭蕉、町の木はしらかばとななかまど。これも2つずつ※9。

女満別(2015年ごろ) 東藻琴(同)※8
めまんべつ観光協会 東藻琴観光協会
女満別福祉会 東藻琴福祉会
女満別消防団 東藻琴消防団
女満別高校(道立) 東藻琴高校(町立)

染まっていない。願いは届かなかったのか。私はしばらく、そう読みました。違いました。町の花も町の木も、わざわざ2つずつ選ばれているのです※10。町章の青と緑には、空港と農業が込められている※6。10年目に町が掲げた「大空に人・花・心育むまち」の「花」も、農業のことです※6。この町は、溶かすつもりがなかった。「ひとつに染まる」とは、同じ色になることではなく、同じ飛行機に乗ることだった。

合併というより、二世帯住宅です。玄関は一つ、台所は二つ。最初の10年の合言葉は「ふれあいと語らい」、次の10年は「絆と笑顔」※11。まず知り合って、それから結ぶ。そして二つあった高校は、その後、道立だった女満別高校と町立の東藻琴高校が一つになり、町立の大空高校として開校しました※12。並べたまま10年、それから結ぶ。順番どおりです。

空港が町の外にある北海道の町は、「空港まで何分」を自分の強みに書きます。恵庭市は新千歳空港までJRで約13分、厚真町は1時間以内、池田町はとかち帯広空港まで車で50分※13。大空町には、その一行が要りません。滑走路が町の中にある。そして県に空港が一つしかない町は、県内で唯一の空港だと名乗ります(岩手の花巻市、福島の玉川村、福井の坂井市、和歌山の白浜町)※14。この町が使う言葉は「オホーツク圏の空の玄関口」で、唯一とは言いません※2。名乗りは静かです。

通り過ぎるための空港と、腰を据えるための畑も、同じ組み方でした。空港の町か畑の町か、一つに決めようとしたのは、私のほうでした。

大空町の子どもは出て、戻ってくる|そらっきーに窓が付いた理由

二つ目の柱は、出て、戻る門です。

この町の中高生は、「町内に住み続けたい」より「町外に移りたい」のほうが多い。この町は、子どもの本音を隠さないようです。そのうえで、「一度は外に出るかもしれないけれどまた戻ってきたい」が38%※15。「住みよい」と言い切る割合は、大人より中高生のほうが高い※16。出たい。でも、ここは住みよい。中高生の答えは、そういう順に並んでいます。

大人と子どもに同じ問いを別々に投げ、子どものほうが高く出る町は、大空町だけではないようです。秋田の八峰町、山形の遊佐町、長野の坂城町、奈良の大和高田市。県も土地のかたちも違う町が、同じことをして、同じ向きの答えを受け取っています※17。ただし聞き方の言葉は町の数だけあって、宮城の岩沼市は「たいへん住みよい」、角田市と大崎市は「暮らしやすい」※18。秋田市は大空町と同じ「住みごこち」※19。大空町は「住みごこちはいかがですか」と聞いて、「住みよい」で答えてもらう町です※16。

そして実際に、15〜19歳と20〜24歳は出ていく人のほうが多く、25〜29歳になると入ってくる人のほうが多くなります※20。別々の数字なので、つなげて言い切ることはできません。でも並べると、一本の線に見える。出て、戻る。出る人と戻る人を、どちらかに決めない。ここでも、並べる町です。

出て、戻る門/白い飛行機/みなさんが乗れるように。畑と湖の上を、窓の付いた白い飛行機が飛ぶ手描きの風景。
図2 出て、戻る門に、窓の付いた白い飛行機(※6)

もっと小さい子どもも、この町の未来図の中にいます。女満別小と東藻琴小の子どもたちが描いた未来の町の絵が載っていて、脇に一行あります。作文は載せきれなかったけれど、「子どもたちの夢を大切に審議しました」※21。中高生の意見交換会が開かれたのは、役場1階の「議事堂文化ホール」。議場と文化ホールが、一つの名前の中に二つのまま並んでいる部屋です※21。

白い飛行機には、名前があります。そらっきー。大空町の「空」と飛行機の「機」で、英語にするとSo Lucky。幸せを運んできたり、運んでいったりする飛行機です※6。最初は真っ白でしたが、あるとき町は、もっと高く飛べるように両翼にエンジンを付け、みなさんが乗れるように機体に窓を付け、世界中に知ってもらうために尾翼に町章を付けました※6。

「帰ってくる」を何に託すかは、町によって違います。山形の遊佐町は、子どもたちがいずれ鮭のように「帰ってくる町」になるように、と言い、長野の北相木村では山村留学の卒業生の会が「サーモン会」という名前です※22。生まれた川に戻る魚に託した町がある。大空町が託したのは、窓の付いた白い飛行機でした。

行きの便に乗って出ていく子どもが、いつか帰りの便の窓側に座る。町民の誓いが、藻琴山や網走湖と並べて「夢はこぶ女満別空港」と詠んでいるのは※6、そういうことだと私は読みました。

大空町が待っている人|助成金の組み立てと、腰を据えたあとの一年

三つ目の柱は、この町が誰を待っているかです。

二つのまま並べて10年。「住みよい」「どちらかといえば住みよい」と答える町民は、69.5%から80.7%に増えました※11。町は、その次の10年で85%にしたいと考えています※23。めざす人口と並べて、いま住んでいる人が住みよいと思えることを、目標の真ん中に置いた町です。

そして助成金の組み立てを読むと、待っている相手がはっきりします。定住を目的に転入して賃貸に入った人には、家賃2か月分と引っ越し費用で上限20万円。義務教育までの子どもがいる世帯か、夫婦のどちらかが40歳未満なら30万円。町内に家を新築した人には上限150万円で、子ども一人につき10万円が加わります。町の職業紹介で仕事に就き、同じ職場で1年以上働き続けた人には、5年目まで毎年6万円※24。来て、住んで、子どもを育てて、働き続ける人。通り過ぎる人ではなく、腰を据える人です。

町が待っている人/腰を据える人/働き続ける人。畑のそばの家へ歩く小さな家族の後ろ姿と、遠くで畑仕事をする人の後ろ姿。
図3 腰を据え、子どもを育て、働き続ける人(※24)

腰を据えたあとの一年は、こう回ります。働き口は、畑と牧場と湖の次に、事務と専門・技術の仕事です※25。畑で採れたものを、道の駅と空港で売っていこうとしている町です※26。畑と空港は、この町では仕事の入口と出口でもあります。

「玄関口」という言葉は、道の駅にも港にも貼り付きます。秋田市はポートタワーのそばを道の駅にして海の玄関口と呼び、山形の米沢市の道の駅は県の南の玄関口、奈良の東吉野村では村の玄関口にあたる国道沿いに小さな道の駅があります※27。大空町の玄関口は空港で、道の駅は畑のものの出口。入口と出口を、別の建物が受け持っています。

春は芝桜まつり。夏はめまんべつ観光夏まつり。ノンキーランドふるさとまつり、というまつりもあります※26。空港のある町の足元に、国の天然記念物の湿地があり、網走湖ではわかさぎとしじみが獲れる※26。空港から町へ入る道には、町が花を植えています※28。飛行機を降りた人を、滑走路の次に花が迎える。

冬は長い。雪は10月の終わりから4月の終わりまで、市街地の積雪は50cmから1m前後※2。1月の平均最低は氷点下14.4℃※29。それでも乾いた季節風が吹き込むので、晴れる日が多い※2。町は公共施設の暖房に、温泉の熱を使っています※28。温泉や地熱の熱をどこへ配るかは、町ごとに答えが違います。知床の羅臼町は役場と診療所の暖房、それに駐車場の雪を溶かす熱に。道南の森町はハウスのトマトに。熊本の小国町は、杉を乾かすのに使っています※30。大空町は、人が集まる建物の暖房に回した町です。雪を払って入った先が温泉の熱で暖まっている。そんな冬になるはずです。休日の医療は、隣の網走市と手を組んで支えています※31。

年を取ると、見守りの輪に灯油屋さんが入ります。民生委員のほかに、郵便局、新聞販売所、電力会社、灯油・ガス販売店が提携している※31。北海道の冬に灯油を届ける人は、家の中をいちばんよく知っている人かもしれません。75歳からタクシー券、一人暮らしや所得の少ない高齢者世帯には緊急通報の電話機と除雪サービス。暖房費の負担を軽くする施策には「採暖」という言葉が使われています※31。採暖。私はこの言葉を、この町で初めて見ました。晴れる空と長い雪、温泉の熱と灯油屋さん。暮らしのほうも、この町は二つを並べて持っています。

私の見立て|大空町の空港は、出ていく門であり、戻ってくる門

3つの柱を、モノサシに戻して並べます。町のかたちは、溶かさずに並べた。子どもは、出て、戻る。待っているのは、腰を据える人。

私の見立てはこうです。この町の空港は、人を集めて離さない磁石ではありません。出ていく門であり、戻ってくる門です。だから空港の町と畑の町は、矛盾しない。通り過ぎる顔と腰を据える顔を、町は二つのまま持っていて、その二つを結ぶのが白い飛行機です。遊佐町が鮭に託したものを、この町は飛行機に託した。みなさんが乗れるように、その飛行機には窓が付いています。

出ていく門/戻ってくる門/窓が付いています。飛行機の大きな窓を通して、畑と湖と遠くの山を見渡す手描きの風景。
図4 出ていく門、戻ってくる門を結ぶ窓(※6)

大空町を数字で見たい人へ|人口・仕事・冬・助成金の要点

ここまでの話を数字にすると、こうなります。

人口の推移と年齢別の出入りは大空町の人口ページに、支援制度の一覧は大空町のページにまとめてあります。町の空き家登録物件※35と、移住定住支援室の動画※36も入口になります。助成金の金額と条件は年度で変わるので、申請の前に町の現行ページで確かめてください。この記事の町の話の多くは、町が10年先を描いた2015年前後のものです※23。その後、農協はいまも2つ(JAめまんべつと、JAオホーツク網走の東もこと支店)※37、観光協会は一つのNPO法人が女満別と東藻琴の両方を担っています※38。次の10年の計画は、いま町がつくっている途中で、まちづくりアンケートの結果が2025年3月に公表されています※39。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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