オーストラリアへ行く前に、オーストラリアの高校生を家に泊める町|江北町に移住して、博多まで最短45分の町で子どもを育てる暮らし

公開日: 2026-09-29
江北町/海の向こうの子を家に泊める町/① 駅の曲/② 海の向こうの子/③ 越して来た家族

佐賀県江北町の役場のページに、こう書かれています。「令和7年10月7日(火曜日)~9日(木曜日)、南オーストラリア州エンカウンター・ルーサラン・カレッジの高校生たちが江北町を訪れます。国境を越えたふれあいと交流の機会を、あなたのご家庭で体験してみませんか? 2泊3日のホームステイ受入家庭を募集しています。令和8年度に江北町の児童生徒をオーストラリアへ派遣する計画です。令和7年度のホームステイ受入れが要件です。」※1

子どもの海外派遣というものは、選ばれた子が行って、帰ってきてから報告会をする、その形で進むものだと私は思っていました。

ところが、この町では、家の中が最初でした。2025年10月7日から9日、南オーストラリア州のエンカウンター・ルーサラン・カレッジの生徒16人と先生3人が江北町に来て、生徒は「こども交流団員」の家に泊まりました。江北小中学校の児童生徒の感想が、町の広報に残っています。「国は違うけど、表現や好みなどが同じで驚きました」※2。

翌2026年8月10日、町の公民館で「江北町海外こども交流団」の結団式が開かれ、江北中の1〜3年生16人が11日から1週間の日程で派遣される、と佐賀新聞が伝えました※3。

では、なぜ家に泊めるのか。

答えは、この町が、外から来た人と同じ時間を一緒に過ごす町だからです。この交流に町が掲げた目的は「幅広い視野と協調性を備えた創造性豊かな人材を育成・確保するため」です※1。町の歌を頼まれたくるりの二人も、町で一日を過ごしました。海の向こうの高校生は、江北小・中に通う子の家で2泊を過ごしました。そして2025年度の受け入れ家庭の募集は、その学校に通う子の家族が申し込める形でした。

この記事では、自治体と国が発表している一次資料を読んで見えてきた、

という3つの柱を、越して来た家族の一年に重ねながら見ていきます。モノサシは一つだけ。この町は「外から来た人と、どこで、どれだけの時間を一緒に過ごすか」。締めくくりに、私の見立てを置きます。

江北町の歌「宝探し」|縁のなかった二人と町で過ごした一日と、江北駅のメロディー

一つ目の柱は、縁のなかった二人と過ごした一日と、駅の曲です。

2022年、町制施行70周年の江北町は、バンドのくるりに「街のテーマソングを作ってほしい」と頼みました※4。二人はそれまで江北町に縁がなく、曲は町を初めて訪れた体験からつくられたものだと、広告の専門誌ブレーンは書いています※5。くるりの一人は「江北町での一日はとても穏やか且つ刺激的でした」と書き、佐賀牛、今村みかんのジュース、流鏑馬の文化を復活させた「CLUB RIO」、小さな子供たちと家族が集うみんなの公園を並べて、「素敵な街だなと思うと共に、伝えたい、知ってもらいたいことがたくさんあるんだなと感じました」と続けています※4。

曲「宝探し」は8月10日に配信されました。同じ日から、長崎本線の肥前山口駅のホームで、列車が入るときとドアが閉まる前の自動放送の電子音の一部をこの曲をアレンジしたメロディーにする、とJR九州は告げ、「地域に親しみを感じていただき、にぎわいを創り出すことを目的」と書いています※6。

1895年に合併前の山口村にできた「山口駅」は、1913年に山口県の山口駅と重なるのを避けて「肥前山口」になり、2022年9月23日、西九州新幹線の開業に合わせて「江北駅」になりました※7。

記念動画は、駅名の改称を一つの「卒業」と捉え、中学校の先生と卒業生たちの姿を描いたものです※6。教員役を除く出演者は全員が地域住民だと、ブレーンは書いています※5。11月12日には、佐賀のへそ・ふれあい交流センター「ネイブル」で70周年記念ライブ「宝探し」が開かれ、くるりの一人が出演しました※8。

駅の曲/宝探し/2022年9月23日。架空の駅のホームで、放送スピーカーと分岐する線路を眺める小さな二人の後ろ姿。
図1 町の一日から生まれた駅の曲(※9)

くるりの一人が挙げた場所の、そのあとです。CLUB RIOは引退した競走馬の第二の暮らしをつくる一般社団法人で、2025年3月9日、町のB&Gグラウンドで、町では155年ぶりに馬が走る流鏑馬を披露しました※10。

二つの線路が出会う駅の町は、ほかにもあります。広島県の海田町は、明治に山陽鉄道と呉線が開通し、2つの線路が交わる海田市駅が地域経済の発展にも大きな影響を及ぼした、と書いています※11。海田市駅は線路が交わる駅、江北駅は線路が分かれる駅です。

江北町のホームステイ|海の向こうの子と家で過ごした2泊と、そのあと

二つ目の柱は、海の向こうの子と家で過ごした2泊と、そのあとです。

交流は2018年度に始まり、江北町の交流団の訪問と、向こうの交流団の来町を重ねてきました※1。2023年は8月に江北中の生徒14人がオーストラリアを訪問し、10月に高校生21人が来て、訪豪した生徒の家庭に泊まりました※12。

2025年度の受け入れ家庭の募集の応募資格は、事業の目的を理解して積極的に交流・行動できること、準備説明会と事前・事後の学習会に必ず参加できること、受け入れの期間中は家族で協力して15〜16歳の外国人生徒をサポートできること、の三つで、7月に江北町公民館で保護者説明会を開くと案内しています※13。

申込書の題にも「海外こども交流団員」の語があり、受け入れる家の子を、町は「交流団員」と呼びました※14。チラシは「令和8年度実施予定の海外こども交流団員(オーストラリアへ江北町の児童生徒派遣)の応募は、令和7年度ホームステイ受入が条件となります」と書いています※13。

10月7日から9日の3日間、16人の生徒と3人の先生が来て、団員の家に泊まり、小学校と中学校の授業に入りました。児童生徒の感想が三つ載っています。「自分の話す英語に自信がなかったけど、言葉が通じることで自信になりました」「国は違うけど、表現や好みなどが同じで驚きました」「日本の文化や食べ物に興味を持ってくれたことが嬉しく、自分自身も日本の良さを改めて感じることができました」※2。同じ号の編集後記は、「国を超えた交流の中で、子ども達が見せた笑顔や挑戦する姿が印象的でした」と書いています※15。

海の向こうの子/家で過ごした2泊/10月7日から9日。架空の家庭の食卓に並んで座り、同じ時間を過ごす二人の子の後ろ姿。
図2 海の向こうの子と家で過ごした2泊(※16)

2026年2月7日の少年の主張大会では、小学6年生の3人が「ルーサランカレッジとの交流を通して」という題で発表しました※17。2026年度の予算には、「多様な文化や価値観を認めあう国際性・創造性豊かな子どもを育てるために」学校交流事業として約1,745万円が組まれ、オーストラリアへの交流団派遣を実施すると書かれています※18。8月10日の結団式で町長は「町の代表としていろんな人たちと交流し、見聞を広めてきて」と送り、生徒は「失敗を恐れずに積極的に交流したい」と述べました※3。

泊まる交流を続けている町は、ほかにもあります。青森県の三戸町は2001年にオーストラリアのタムワース市と姉妹都市になり、毎年度、中学生海外研修派遣事業を実施して、ホームステイや現地の子どもたちとの交流で国際理解を深めている、と書いています※19。三戸町の中学生は向こうの家に泊まり、江北町の子は、行く前の年に向こうの高校生を家に泊め、翌年の夏は向こうの家に泊まります。

江北町に越して来た家族|江北駅と、空き家バンクと、江北小・中に通う子の家

三つ目の柱は、越して来た家族の家が、その2泊の家になるまでです。

江北駅は、長崎本線と佐世保線が分岐する駅です※7。特急が停まり、博多駅まで最短45分です※20。2026年1月6日には、町の女性ネットワークの会が北口に菜の花とスイセンを植えました※21。

家は、空き家バンクが入口の一つです。物件の情報は町のページで公開され、2026年6月12日の更新では上小田と山口の5件です。物件を見て借りたい人・買いたい人は、利用登録申込書と誓約書を地域づくり課に出し、交渉と契約は当事者間か、町内の不動産業者の仲介で進みます※22。

2026年6月の町議会で地域づくり課長は、制度の開始以降35件が登録され、うち25件が成約した、と答えました。町長は、町として活用するよりは民間の流通に乗せた方が良いと述べたうえで、「民間の不動産会社との間に入るとか、役場にしかできないことがあると思う」と答えています※23。

子どもの学校は、江北小学校と江北中学校です。江北小は町内で唯一の小学校で、2018年度から、町名と同じ地名の縁で江北町が交流を申し出た東京都足立区立江北小学校と交流してきました。両校とも開校は明治7年です※24。

2025年度の受け入れ家庭の募集は、江北小・中に通う子の家族が申し込める形でした。申込書の一行目は、江北小・中の学年と組の欄です。続くのは氏名、住所、受け入れられる人数などで、町に住んで何年かを書く欄はその中にありません※14。春に越して来た家族を2025年度の日程に重ねると、7月の保護者説明会、10月7日から9日の2泊、そして翌年の夏の派遣への応募、という並びになります※13。

越して来た家族/江北小・中に通う子の家/7月の保護者説明会。架空の住宅街の道を、通学鞄を持つ子と歩く家族の小さな後ろ姿。遠くに学校が見える。
図3 越して来た家族と、江北小・中に通う子の家(※25)

人の出入りでは、2024年に他の市区町村から360人が入り、325人が出ました。年代別に多いのは25〜29歳の転入です※26。子どもの医療費は、2025年4月の診療分から18歳まで全額が助成されています※27。

毎年の行事は、4月の第3日曜日の白木孔子像祭と※20、10月の町民スポーツ大会です。2026年の大会はスポーツの町宣言50周年で、種目の一番目は「宝探し」です※28。冬は、隣の白石町にある白石観測点の1月の日最低気温の平年値が0.6℃です※29。

私の見立て|江北町は、海の向こうの子を家に泊める町

3つの柱を、モノサシに戻して並べます。歌については、縁のなかった二人が町で一日を過ごし、その曲が駅のホームの放送に入った。交流については、海の向こうの高校生が、江北小・中に通う子の家で2泊を過ごした。越して来た家族については、2025年度の募集が、その学校に通う子の家族の申し込める形だった。毎年度の研修派遣で向こうの家に泊まる三戸町と、受け入れた翌年に向こうへ行く江北町。子が海の向こうの家族と過ごす形が、それぞれの町にあります。

海の向こうの子を家に泊める町/交流団員の家に2泊。架空の家で布団を用意した客間と、荷物を持って部屋を見る二人の子の小さな後ろ姿。
図4 海の向こうの子を家に泊める町(※2)

私の見立てはこうです。江北町は、海の向こうの子を家に泊める町です。2025年10月7日から9日、交流団員の家に2泊した高校生は16人※2。子どもたちの言葉は「国は違うけど、表現や好みなどが同じで驚きました」※2。2026年8月10日、16人の中学生が結団式に立ち、その一人は「失敗を恐れずに積極的に交流したい」と述べました※3。

江北町を数字で見たい人へ|人口・仕事・駅・冬・子育ての要点

項目 数字
人口 9,535人(2026年)※30
世帯 3,755世帯(同)※30
農業で働く人 9.9%(2020年)※31
製造業 18.8%(2020年)※31
医療・福祉 16.8%(2020年)※31
昼夜の人口比 85.6%※32
江北駅の乗車人員 1,119人/日※33
1月の最低気温 0.6℃(白石)※29

子育て・住まいの要点(2026年9月時点の町のページ)

人口の推移と年齢別の出入りは江北町の人口ページに、暮らしのデータは江北町のページにまとめてあります。助成の内容は年度で変わるので、申請の前に町の現行ページで確かめてください。人口と世帯は2026年1月1日、働く人の割合と昼夜の人口の比は2020年の国勢調査(比は当サイトの集計)、江北駅の乗車人員は2024年度の1日平均、気温は隣の白石町にある白石観測点の1991〜2020年の平年値です。受け入れ家庭の募集と派遣の条件は2025年度のもので、次の日程は町のページで確かめてください。

出典リンク集

本文の※番号に対応する資料です。括弧内は資料の頁・年と、確認した日付です。1つの番号に資料が複数あるときは「 / 」で区切っています。

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